「あばら屋って言葉があるけど、 この家もそうだったの?」

「まあ そんなもんだなぁ。
屋根はカヤ葺きやワラ葺き、 門口を開けると裏まで丸見え、 風通しがよくて夏は涼しいけれど 冬は寒かった。
壁の隙間から風音が 聞こえてきたっけ。
おかいこさんを飼っていたころは 住まいは全部が仕事場だったから、 壁一つ向こうは牛小屋のような所で、 寝たもんだ。
寝るのも布団ではなく わらにくるまってなぁ。
あの頃はどこの家も便所は外に あったので夜小便に行くのは お化けが出そうでおそがかったぞん。
なにせ電気もなくて、真っ暗やみだもんな」 「風呂の水汲み、湯沸かしは、わしらの役目だった。
井戸から釣瓶で水を汲みバケツに入 れた水を、風呂桶までなんど運んだことやら…… 夏は学校へ行く前に、水を汲み置きし、日向水を作っておいた。
湯を沸かすには、ワラや大豆の空木など燃やしたもんだが、下手すると煙ってゴホンゴ ホンむせるわ、涙は出るわ、たかが風呂焚きといえどもコツがあったぞん。
食事の煮炊きに使ったクドも、よくワラを燃やしたから、お勝手場の柱や壁はすすけて いて、触ろうものなら手が黒くなったなぁ」

「おもしろいお風呂だったって聞いたことがあるけれど……」

「五右衛門風呂のことかん? あれはなぁ 風呂の底の部分が、半円形の釜に なっていて、備え付けの板に乗って湯に浸かる んだが、うっかり板を踏み外して釜に触れよう もんなら熱かったぞん」

「えーなんでそんなお風呂なの?」

「だれも入っていない時、踏み板は浮いて いるので湯が冷めないし、釜全体が炊き口 なので熱効率がいい。
一石二鳥、無駄なこ とを嫌った先人の知恵じゃなぁ」

「そうだ、もらい風呂という助け合いもあったぞん」

「もらい風呂?」
「各家庭ごとに風呂を使うのは、もったいないといわれた 時期や、農繁期で忙しくて風呂沸かしの時間がない時など、 隣近所で廻り番をきめて交代で湯を沸かしたんだよ。
その日の当番の家が風呂を沸かすことを、連絡に行く のもわしら子供の役目でのう。
連絡のふれの口上は決っていて、 『今晩風呂を沸かすで来ておくれん』と早口で告げる。
そうすると、ふれを受けた家の人は 『今晩はよう沸かしならはれた』と挨拶を返したもんだ。
そうそう、もったいないという話はまだ続くぞん。
隣近所10数人は浸かった風呂の水は、人の体脂や垢で栄養分があるから肥料になると、 捨てないで、翌朝に畑まで運び、野菜などに水まきしたもんなぁ」

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